東京高等裁判所 昭和39年(ネ)676号 判決
被控訴人が、昭和二九年六月一一日控訴人との間で、同人が売渡を受けた右土地につき、代金一〇五、五〇〇円、所有権移転登記手続は右売渡処分による登記が完了次第行うとの約で売買契約を締結し、即日右代金全額の支払を了したことについては、当事者間に争いがない。
控訴人は、本件土地は農地であるから、その所有権移転につき、農地法所定の県知事の許可を受けていない右売買契約は、その効力を生じないものであると主張する。そこで、右土地が農地であつたかどうかを検討するに、原審証人三浦玉雄の証言、原審と当審における控訴人(原審は第一、二回)と被控訴人の各本人尋問の結果(いずれもその一部)および原審の検証の結果に前記争いない事実を総合すれば、本件土地は、東西約三〇米余、南北約二三米の長方形の平坦地であるが、その東側は南北に走る県道に面し、県道沿いには境界木としてモチの木一二本が一列に植えられ、北側は県道から西へ入る隣地の通路に沿い、途中までびわの木九本、しゆろの木一本計一〇本の境界木が一列に植えられ、南側は隣家の建物とその西側にある竹やぶとに面していて、以上三方が明瞭な境界によつて囲まれており、その区画内の東北隅には、東西七・五〇米、南北七・七〇米のもと母屋で、現在は物置に使用されている木造茅葺平家建の建物一棟があり、西側寄りのほぼ中央部には、東西五・一〇米、南北六・五〇米の木造トタン葺平家建の物置(下屋を含む。)一棟が建てられていて、一見して農家の屋敷たる宅地風の形態を備えていると認められること、もつとも、旧母屋の南側には、現在周囲をわらで囲んで作つた苗床三個(いずれも幅二米で、長さ約一八・五米のもの二個、長さ約一二・五米のもの一個)が設けられているけれども、これは、冬期二、三カ月の間、野菜類の苗を育成するために利用されるだけであるにすぎないばかりか、もともと同所は、本件売買契約成立当時、南隣地の境界線付近までほとんど自生の竹やぶとなつていたもので、これを控訴人が、本訴提起後の昭和三七年秋ころに切り払つて、右苗床を設けたものであること、また、旧母屋の西側には狭小な苗床(現存するのは、幅約一・八米、長さ約七米のものと幅約二・三米、長さ約二・四米のものとの二個)、堆肥置場が、本件土地の北西隅には幅約三・三米、長さ約五・三米の苗床が、いずれも本件売買契約成立当時から設けられているのであるが、これらの苗床も前同様冬期間一時的に野菜類の苗を育成するためのものであるにすぎないこと、元来、本件土地は、控訴人方で前記訴外森沢より賃借して以来、右旧母屋および物置を建築し、宅地として使用して来たものであるが、前叙のように売渡を受けて間もないころ、控訴人は、右土地の北隣地に新しく母屋を建築し、そこに住居を移したので、本件土地上の二棟の建物を農器具や肥料の置場として利用するかたわら、右土地を売りに出していたものであり、本件売買に際しても、右二棟の建物を控訴人の費用で取り毀ち、その年のうちに更地として被控訴人に引き渡すことを約定したものであつて(右約定の事実は、争いない。)、被控訴人もまた、本件土地で養鶏を営む意図のもとに買い受けたものであることが認められ、前掲各本人尋問の結果中、右認定にそわない部分は採用できない。以上認定の事実に、本件土地二一一坪が公簿上一筆の宅地として表示されていること(この事実は、争いない。)および前叙のように買収、売渡がなされた経緯等をあわせ考えれば、本件土地は、従前より客観的に農家の宅地としての形態を備えていたものであつて、本件売買契約成立当時、控訴人が右土地の僅かな一部を苗床として使用していたのも、当時、既に右土地が空地として売りに出されており、本件売買においても更地として取引されていることおよびその現実の使用状況等からみて、いわば一部の休閑地を一時的に利用していたにすぎないと認められるから、これをもつて右一筆の宅地としての一体性を損うものではないというべきである。すなわち、本件土地は、耕作の目的に供されたものとは認められないから、農地法にいう農地に該当しないというべきである。それゆえ、右と異なる前提に立つ控訴人の主張は、採用できない。
そうすると、控訴人は、本件土地につき、被控訴人に対し本件売買による所有権移転登記手続をなすべき義務を負うものというべきであるから、右義務の履行を求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は、相当である。
(長谷部 浅賀 佐藤)